たとえ彼が最愛のひとだからって、言えないこともあるのだ。
もくまおう
山南は今が一番大事な時期だと思っていた。
浪士組がようやく世間に認められ始め、副長という役職は寝る暇もないほど忙しく、
けれどそれ以上に己の理想を現実にするために迷いなくただひたすらに走り続けていた頃。
精神的にも肉体的にもきつい。
副長と言っても中間管理職のように上からも下からも様々な無理難題を言われ
それを実現すべく、あの鬼のような男と手を組んでまでこの身を削り働いているのだ。
芹沢一派の排除。
ことは重大だ。
これからの浪士組の行く末がこの手にかかっているのだ。
排除…つまり暗殺。
そんなこと、あの馬鹿みたいに恩義に忠実な男に話せるわけがない。
それに、誰にも話すなと土方からも釘を刺されていた。
いつものように当たりが寝静まったころを見計らって。
土方の部屋で秘密裏に芹沢暗殺の計画を練る。
相手の考え付く突拍子もない提案にいちいち驚くのも抗議することにもここのところ無くなって。
土方のやろうとしている事はけして正しいことではない。
けれど、避けては通れぬ道なのだ。
座を立つ頃には口も開きたくないほどに疲労している自分がいた。
土方とは近藤を担ぎ上げたいことで一致している。
向かう矛先は同じのはずだ。
同じ副長として彼と手を取り合っているというのに。
なのになんなんだろう。
この孤独感は。
自分も彼も結局はお互いを信じきれていない。
ひとりなのだ。
─逢いたい。
ふいに彼を思い出した。
そのまま土方の部屋を出るなり姿を探した。
静まりかえった廊下を足早に歩いていると明るい月のもと、ぼんやりと浮かぶ見慣れた背中を見つけた。
月の明かりを頼りに、また一人で彫り物をしている。
その後ろ姿があまりにも愛しくて。
気付かれぬよう、そろりと近付いては。
そのままいきなり抱きついた。
手に持った木彫を取り落とし驚いた顔を向けられた。
らしくない行動に自分でも驚いていたけれど、もう一度斎藤の大きな背中を抱き締めたら彼の匂いが鼻をくすぐり
不覚にも泣きそうになる。
誰が通るやも知れぬ廊下から離れて布団部屋に連れだして情事へとなだれこむ。
まとったものすべてが相手との体温を隔てているような気がして、もつれるように口付けを交しながら
次々と乱暴に脱ぎ捨ててゆく。
斎藤はこんな自分を何も言わず素直に抱きとめてくれる。
恥らいも外聞も無く、ただひたすら貪るように求めた。
発したのは言葉ではない嬌声と彼の名。
たったそれだけだった。
落ちていた布団を一枚、体に巻き付けて部屋の隅に座り込んだ。
冷静になってみると、顔から火が出そうな勢いだ。
斎藤に呆れられたかもしれない。
あんなにがっつくなんて。
あれではさかりのついた雌猫と一緒ではないか。
背っ羽詰まったように体を押し開いて、我慢出来ず自ら動いた。
お陰で腰が鈍く痛みを訴えている。
自己嫌悪で頭がぐるぐるしていると。
「山南さん」
ふいに彼に呼ばれた。
「…なんですか」
少し距離を保って斎藤を見る。
暗闇で顔の表情は判らない。
「なんかあったのか、」
優しいこえ。
普段、ぼそぼそ言っている声も今日は柔らかく山南を包んでくれる。
山南が悲しい顔をしていたらいつもどこからともなくそっと擦り寄って、澄んで綺麗な茶色い瞳をこちらに向けてくるのだ。
まるで、飼い主を心配する頭のいい猟犬みたいだと山南はふと思う。
傍目に見れば斎藤が山南を気に入り、一方的に側にいるように思われる。
けれど実際。
相手を必要としているのは山南の方だ。
いつも彼に癒されているのだ。
「俺には、言えないことなのか」
「…………」
「……頼りないかもしれないけど、俺…あんたの味方だから」
我慢していた涙がひと滴頬を伝う。
わかっている。
いつだって彼は私の味方だ。
だけど。
彼に話す訳にはいかない。
彼を苦しめることにだってなるのだから。
斎藤はうつ向いたままの山南の腰を後ろから抱き寄せ、体に巻きつけられた布団に一緒に潜りこんだ。
素肌が直に触れ、体温を共有しあうまま斎藤は、闇夜に浮かび上がった白い項に唇を這わす。
大人しく腕の中に納まり、傍らで斎藤を感じながらゆっくりと瞼を閉じた。
頬から滑り落ちた滴は淡い染みをつくって畳に溶け込んだ。
「あんたのこと、ほんとは全部知りたいんだ…」
誰ともなしに呟いた彼の言葉は、闇に散りばめられて
山南の耳には届かなかった。
END
実は甘えているのはわんこではなく山南さんの方だったりするのかも。
タイトルはcoccoの曲名です。
木の名前?かなんかだったと思います。いい曲ですよ。