はかなげな人だな、



初めて見た時、そう思った。


涼しげな横顔に独特の微笑を称えていた彼に不思議な魅力を感じた。










 
君ガ咲ク









―夏。

風鈴の音が八木邸に静かに響いていた。

京都特有の蒸し暑さにはもう慣れたつもりでいたけれど、やはり身体はそうでもなかったみたいで。

無理をして炎天下の中胴着を着けて稽古をしていると、急に立ち眩みがした。

かくりと膝の力が抜け、その場に膝をついてしゃがみこんでしまった。



「っ…」



「おい!」



大丈夫か、とこちらに駆けつけてきたのは縁側にいた斉藤君だった。

目は開いていたけれど、柱にもたれて全く動かなかったからてっきり寝ているものだと思っていた。



「あ…斉藤君、」


そばに来た彼が私の背中に手を回し、身体を支えるように立ち上がらせてくれた。

頭がまだくらくらしていて、そのまま彼の腕の中におさまるように抱きかかえられる。



「…すみま、せん…ちょっと目眩が」



支えられながらなんとか家の中に入ると、彼はなにも言わずにいきなり私を抱き上げ

奥の自室に運び込んでくれたのだ。

抱き上げられた時点で彼の予想外の行動に度肝を抜かれたけれど、

その時の私は何も考えられないほど疲労困憊していた。

もしあの様な姿を他の隊士達に見られでもしたら、私の立場は丸潰れだっただろう。



ゆっくりと畳の上に下ろされる。

ひんやりした畳に寝かされて片膝を立てたままぼんやりと斉藤君の姿を眺める。

私とは正反対の大きくて幅の広い彼の背中が妙に頼もしく感じた。

彼はすぐに枕を見つけてそれを私にあてがい、部屋から出て行こうとした。



「あ、…」



お礼を言おうとしたら彼は「すぐ戻る」と告げて出て行ってしまった。

彼がいなくなって、だんだん頭の痛みも楽になってくると、嫌がおうにも先ほどの自分の情けない姿を思い出してしまった。

副長である私が、あのように暑さにやられて人前で倒れてしまうなんて。

もし、もう一人の副長に知られでもしたら、散々になじられることだろう。

幸いあの無口な青年はわざわざ他人に言い触らすような事はしないと思うし、彼は仲間や恩義に忠実だから安心だ。

まあ、きっと内心では呆れているのだろうけど。

くすりと自嘲気味に笑うと、音も無く彼が戻ってきた。

手には桶を抱えている。

慌てて私は目を瞑った。

目を開けて横になっていると反射的に寝たふりをしてしまうのは、私の癖かもしれない。

それからしばらくして、気配で彼が私の側に腰を下ろしたのが判った。

衣づれの音と共に、ピチャリという水音が耳元に聞こえたかと思ったら、額に冷たい感触が伝わった。

「ん、…」

出すつもりはなかった声が思わずため息となって漏れた。

どうやら斉藤君は持ってきた桶で絞った手ぬぐいを私の額に当てがってくれたようだ。



「山南さん、」



小さく呼ばれて目を開けようか迷ったが、今更タイミングが悪いような気がして(それにさっき抱きかかえ

られた事が尾を引いて)斉藤君には悪いけれど、私は寝たふりを続けてしまった。

冷たい手ぬぐいが熱を吸い取ってくれるかのように、先ほどの頭痛は嘘みたいに消えていく。

ただの貧血か、それともここのところ忙しくて寝不足気味だったのが祟ったのか。

そんな事を考えていると、また衣づれの音が耳に入ってきた。

出て行くのかと思ったら、やけに近くに相手の気配を感じた。

微かにさっき匂った斉藤君の着物の匂いが鼻をかすめた。

抱えられた時だったからそれほど彼が近くにいるのか、と思わず戸惑う。



「…」



ふいに、唇に温かなものが触れた。



最初それが何なのか理解出来なかった。

頬にさらり、と相手の髪がかかったから、そこで自分がキスをされているということに気づいた。

そう、たぶんキスというのはこんな感じだったと思う。

江戸にいる頃、一度だけ経験した事がある。



けれど、

何故?

何故、

斉藤君が私にキスをするのか。


障子を閉める音を聞いて、目を開けた。

まだ外は明るい。

太陽の光が障子を通してぼんやり私の部屋を照らしていた。












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  続き物書いちゃうなんて!!(笑)
  もうほんと最近、堺さんが愛しくてたまりませんっっ

















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